YOSHIの毒食らわば皿まで!

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zoom RSS 偶然ではない2つの要素

<<   作成日時 : 2009/05/12 01:43  

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万有引力を発見したとして名が高いアイザックニュートンも錬金術に関しては並々ならない関心を寄せてたそうだ。

そして、彼は引力を、物質の内部に存在する「ある要素」が作用した結果であると推測していた。

それを物質の内部にある「経験」ではないだろうかと僕は考える。

経験というと抽象的な感じがするが、僕にはこれ以上に適した言葉が見つからないのでこう表現するが、物質の最小単位だと信じられていた元素すらも中性子や幽子などさらに小さな単位に分解できる事が証明された現在、さらに見つかっていない様な、物質の核なるものが見つからないとは言えない。

さて、あなたは「運命的な出会い」というものを信じるだろうか?

人と人は、不思議な縁や絆で結ばれているとしか考えられない時がある。

何故か、離れられない腐れ縁というヤツだ。

逆に、縁の無い人間とは、一時的にどれだけ親密になったとしてもいずれは離れ離れになっていってしまう。

それは、人と人といった場合だけでなく、星と星であったり、物質と物質であったりする。

この銀河系が至極微妙なバランスでなりたっているのは?酸素や窒素のバランスが丁度地球上の生物が生きていくのに適しているのは?

確立というものは、一般的に30万分の1以下で0%とされるらしい。

ならば、それよりも遥かに微小な確立の元で成り立っているこの世界を「偶然」で片付けるのはあまりにもナンセンスではないだろうか。

錬金術には根本にある考えとして、全ての物質は、「硫黄」と「水銀」(これは観念上の物質であり、実際にある硫黄と水銀の事ではない)としているが、それならば、全ての物質に、平等にあるのは「本質」と「経験」であると考える。

「本質」とは、例えば石ならば、石である事そのもの。そして「経験」とはその石である事を経て得たもの。その2つがあれば、その他の石との相違点を見つける事ができ、またその存在を証明できるのではないだろうか?

そして、それはそのまま人間にも当てはまるのでは?

人間は、「十人十色」だと言うが、本質は皆変わらないと思う。生まれてすぐに誰にも教えられないのに呼吸の方法や、母親の乳の飲み方を知っているのは人間の本質を持って生まれるからだろう。しかし、生まれてからの経験で大きく人は変わっていく。

母を想い、父を敬い、他人を愛す。そして、痛みを感じ、悩み、自己犠牲を行う人間もいれば、他人を罵り、陥れ、あざ笑う人間もいる。

僕たちが存在するのは「良く解らない必然」の元に成り立っているのだと考えると、「生きる事には必ず何らかの意味はある」と考えずにはいられない。

ゲームの主役は、何度も死んだり傷つきながら最終ステージに辿り着き、そしてエンディングを迎える。それはハッピーエンドであったりもするが、最後の最後にはプレーヤーである人間が「楽しかった」と感じる事だけが結局の「意義」である。

もしかしたら僕たち人間も・・・

と考えてしまうと少し嫌な気分になるが、きっと自分の行う事に意味はあると信じ今日を生きる事が素晴らしいと感じる自分が存在する事は、すくなくとも自分自身がちゃんと感じている。


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