【義務と権利】

「反省はしても良いけど、後悔はするんじゃんねぇ!」。何か、古臭い青春ドラマのワンシーンに出てきそうなクサい言葉ですが、僕が最も尊敬すべき、そして、今は亡き父親の遺した素晴らしい言葉の中でも特に好きな言葉の一つです。父親は僕をこっぴどく叱った後、よく、こういった名言を残していました。
僕が幼い頃、僕にとっての父親とは恐怖の対象でしかありませんでした。母親の言うことを聞かなければ父親が来てブン殴られる。何か悪い事をしたら父親が来てブン殴られる。誰かを傷つけたりしたら父親が来てブン殴られる。僕が何か人道的なことから外れた事をする度、父親は天罰や災厄の如く僕に罰を与えました。
「言っても分からん奴は殴って分からせるしか無いだろ?」・・・なるほど、とても分かりやすいシンプルな理論です。
しかし、僕は一度として父親を恨んだ事はありません。何故なら、罰の中にも確かな理論と愛情を感じる事が出来たからです。
僕が小学生の4年生くらいの頃に父親と母親が離婚して以降、彼はそれまで以上に僕との対話の時間を大切にする様にしてくれました。
こっぴどく叱られた後にはそれ以上の時間を費やして「何故、叱られたのか?」を僕が納得出来るまで説明してくれ、例え、次の日に朝早くから仕事があろうと、僕が納得するまでは何時間でも話に付き合ってくれて、僕の疑問に一つ一つ丁寧に分かり易く、噛み砕いて答えてくれました。
「父親の役目は子供を叱ること、母親の役目はその叱られた子供に「何故、叱られたのか?」を説明してあげる事だ!」が子育ての哲学であり、持論であった父親は、母親がいなくなった分、父母両方の「義務」である子育てにおける役割をきちんととして果たしてくれていたんだと思います。だから僕は「権利」として父親の名の元に叱られることに何の抵抗も感じなかったのだと思います。
しかし、同じ「子供を殴る」という行為にも全く異質なモノもあり、最近、よく耳にするのが、父親や母親がグルになって子供を「折檻」な名の元にと言って死に至らしめてしまうという悲惨な事件です。
小さな子供にとっては親が世界であり、親が神であり、親が全てなんです!それ以外に頼れるモノは無いんです。そして、親は、その与えられた、生ませて戴い事が出来た「命」という世界を良き方向へと導く「義務」があるのです。
果たして子供に対して「義務」を果たさない親が折檻をする事を親の「権利」として主張して良いモノなのでしょうか?
ふざけんじやねぇ!!「義務」も果たさん奴に主張する「権利」なんて無いんだてぇ!!と思います。そんな事、小学校の低学年で習ってきたんはずなのに・・・。何故、そんな簡単な原理も理解できないのか?という事を理解する事に僕は苦しんでいます。

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この記事へのコメント

thee
2006年11月06日 20:51
共感します。人に施した事は必ず自分に返って来ると昔教わりました。良い事も悪い事も全ては自分自身がもたらす事だと…でも、罪を犯し、罰が自分に返ってきても、自分の犯した罪は拭えない。我が子が命をかけてまで、教えてくれた事をその人達はどれだけ受け止める事が出来るんですかね。

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