【宿命と運命】

占いや色々なな精神世界の事を書いた書籍を読んでいると、人は生まれて来る時に、人生のおおよその計画図みたいなのを持って産まれてくるらしい。
なるほど。言われてみると確かに抗い難い流れみたいなモノを感じる事はある。
今の自分の歩んでる道もそんな感じがするし・・・。
そのような、人生の青写真的なものを、命に宿ったモノとして『宿命』と呼ぶとしたら、それを変えていく力、命を自分の想う方向へと運ぶ力が『運命』と呼ばれるモノなんだと思う。
ポジティブな思考が時として思わぬ良い結果を出したりするのも運命力が良い方向に働いているのでは?と思ったりすることもある。
それはまるで『かまいたちの夜』というゲームの様に、プログラムによってある程度結果は決められているが、選択の自由は自分自身にあって、その選択の如何によって最終的な目的地が決められるみたいな感じではないかな?
諦めた人は諦めた人生の方向へと動くし、そうでない人はそうでない方向へと動く、全ては自己責任の元であり、起るべき事は必然的に起こっている事なのかも知れない。
悪魔は絶対善である神が創りたもうたモノであるが、その本質は絶対悪である。では何故、善である神から悪が生まれたのか?それはそれぞれの存在が「自由意志」を持つからである。
と、これが今日のキリスト教やユダヤ教の悪魔に対する見解である。だとしたら、「自由意志」を持つ僕たちには、自分がどのような存在になるかを決める権利があり、同時にそれに伴う大きな責任が生涯に渡り付き纏うのだと思う。
せめて僕は、我が子に対して誇りを待って接する事の出来る人間ではありたいものだ。
昔はこんな事は一笑に付してたトコだが、最近は逆に、先人達がしたためた知恵や指南書を確かめもせずにおろそかにする事は愚かな事だと感じる。
ただ、それが示す本質を理解しようとする事は重要でいて難しい事ではあると思うが。
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