タイムマシーンに乗って⇒

タイムマシンが完成したら、いつに行ってみたいか?考えた。

やはり、4年前の「ニュークレラップ」とかいうふざけた題名のクレバのファーストライブに行く事だ。

その日、本当は親友とそのライブに行く予定であったが、何となく気が乗らず、僕は行かない事に決めた。

親友も僕が行かないのならという事で、他の友人と遊びに出掛けた。

そして、その日を最後に彼には二度と会えなくなった。

あれは自分の人生においても最も大きなターニングポイントであると思う。

今の自分の人生の運び方はあの日が切欠といっても過言ではない。

もし、その日を取り戻せるならば、と考える時もあるが、

「時」は何を基準に割れるのか?

一秒?0.1秒?0.01秒?無限に小さくしていけば小さくしていく程その数は膨大となる。

今、自分がくしゃみをした未来とそうでない未来。これだけで既に2つの未来から1つを選択している事になる。

要は「あの時~しておけば!」と考えたところで選択肢は無限に、それは裏返すと「あの時~しておけば!」と考える事自体が無意味だと言う事。

したがってタイムパラドックスの「時間と言うものは縦にしか流れておらず、タイムマシーンで過去に行った時点で時間が縦ではなく横に構築されると、それが無限のパターンを形成し、広がり膨大な情報を構築し、結果この世そのものが情報を処理しきれず崩壊する」という考えはあながち間違っていないのかもしれない。

そう考えると、自分が今行った行動と言うものはワン&オンリーであるという考えができる。

「あの時~しておけば!」ではなく「あの時の選択肢はアレしかなかった」となるわけだ。

そう考える事でそれを過去の贖罪から逃れるのに使うのか、自分の選択の1つ1つの重大さに気付き、可能性ある未来に活かし生きるのか、それも全ては自分次第と言う事なのだろう。

彼の冥福を心から祈ると共に。

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