死んだらどうなる?

って昔から考える。

小さい頃からそんな事考えて、涙で枕を濡らしたりする。


だって怖いんだもの。


でも、最近面白い考えに出会った。


人間は元素の集合体で出来ている。


人間の遺体は、この日本では仏教の風習から95%以上は火葬にするし、キリスト教圏では土葬。また水葬、鳥葬などもあるが、いずれの文化の下でも自然に回帰する事に変わりは無い。


そして、その結果、肉体を構築する元素には様々な化学変化が起こり、様々に形を変え、元の形は残る事は無いが、実は全体の質量としては変わらない。


(一説によると、人は死ぬと丁度21グラム軽くなると言われており、それが人間であるための「ナニカ」の重さだという考えもあるらしいが)


という事は「死」というものは非常に定義しにくいものな気がする。


心臓が停止したら?脳が死んでしまったら?存在が消えて無くなったら?


あらゆる物質は、上の論理で言えば、存在が完全に無に帰する事はない気がする。


現在の医学は脳に偏移していて、人間の記憶や心は全て脳にあると考える人も少なくない様だが、それは証明されておらず、実際は細胞にも記憶が残っているという細胞記憶論というものがある。


心臓を移植した患者がドナーの記憶や感情まで貰ってしまったという話。


それならば、もっと小さな単位である元素にも記憶が残っていても・・・と考えてしまう。


火・水・風・土


儒教では、この4つのエレメントが世界を構成されるといわれているそうだが、それらになって、僕らを見守ってくれている存在が、もしかしたらあるのかもしれないなぁ、なんて考えてしまうのでした。

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