【練習】

反復動作を繰り返す事での『練習』とは、自分自身の精神が『望むだけのチカラ』を発揮させる事の出来る機会の平均値を上げる行為であり、『練習』そのもので上がる肉体的能力としてはたかだか知れていて耐性くらいのモノだと思う。
現に、火事場のクソ力と言って、実際に火事にあった時、本来非力であるハズの女性が百キログラム近くもある箪笥を片手で軽々と運び家から持ち出した(何故箪笥なのかは分からないが…)という話を聞いた事がある。要は自分の精神に『自分はこれだけの事をしたのだから、これだけの事は出来るのだ』というマインドコントロールをかけるという事が『練習』というモノの本質なのだと僕は考える。
そうなると人間は本来備わっている能力のみで相当に凄い事が出来て、才能や奇跡に頼れば何でも可能であり、努力をする事は馬鹿げているという事を言いたいかの様に思われるかもしれないがそうではなく、あくまでもその様な『神がかったチカラ』が発揮されるのは人間の脳のリミットが外れている場合のみであって、大概の人間はそれをコントロールして常に発揮する事は出来ないと僕は思う。上質な技や能力をコントロールして平均的に発揮しようとするならば、それはやはり気の遠くなるような回数の反復動作による『練習』で『自信』をつける事が必要不可欠なのだと思う。才能にあぐらをかいたり、僅かな可能性の奇跡やオカルトチックな能力に頼っていては、所詮二流、三流と言われる能力しか発揮出来ないと思うし、人間の能力差とはその様な部分に顕著に現れてくるのだと僕は考える。
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